このエルサレムの地には2つの壁がある。
一つは昨日訪れたユダヤ教の聖地である嘆きの壁。金曜の夜は多くの信者によってお祈りがされると聞き、旅行日程もこの様子を見る為に組んだ。
もう一つはイスラエルとパレスチナを隔てる分離壁である。アパルトヘイトウォールと呼ばれ、人工的に作られた壁である。
ベツレヘム(パレスチナ自治区)へ
昼過ぎ、アラブバス24番に乗りベツレヘムに向かう。このバスの終着点はヘブロン通りである。バスはいつの間にか分離壁を越えていたため、道中分離壁をはっきりと見る事はできなかった。
| <今日のエルサレムも活気がある> |
| <雪が残るベツレヘムへの道> |
バスの到着後、タクシーの運転手達が待ち受ける。町の中心地まで歩いて行こうと思っていたが、ポーランド人二人とタクシーをシェアすることにする。3人で20シュケルである。
途中、後述するバンクシーの絵や、町を一望できる場所でタクシーを止めてもらいつつ、町の中心地まで向かった。ベツレヘムの中心地は丘の頂上にあるため、歩いて行くには相当きつそうであった。
| <ベツレヘムの街> |
町の中心地では、大きなクリスマスツリーが飾られている。この地域はパレスチナの人が住む場所であるが、キリスト教にとっても聖地の為、それぞれの宗教が尊重されているらしい。
ミルクグロット(マリアの乳房から母乳が滴り落ち、岩が白く染まったという伝説がある教会)とイエスが生まれた地とされる生誕教会を見学する。
| <色が変わったされる場所> |
| <生誕教会> |
| <セッティングをしている> |
見学後、お土産屋さんのようなところに立ち寄る。バンクシーやベツレヘムを象徴するポストカードは一枚1.5シュケルであった。お店の人はとても優しい。屋上や工芸品を作る過程を見学させてもらう。無料で見せてもらったが、モロッコではお金を取られたため、値段を聞いてしまっていた自分が情けない。
その後、最大の目的である分離壁とバンクシーの絵を見学するため、タクシーの運転手を探す。バス乗り場の近くであれば、観光客も多く交渉がしやすいが、自分の場合は街中での交渉なのでなかなか難しい。しかし、多少多くお金を払ってでも、どうしても見たかった。70シュケルのところを50シュケルにしてもらう。
| <タクシーに乗り込む> |
| <バンクシーのポストカードが張られてある> |
タクシーの運転手はFaisalだ。まずはバンクシーの絵を見せてもらう。
バンクシーは、イギリス出身の覆面芸術家である。芸術テロリストとも呼ばれ、社会風刺画などを街中に描く事で知られている。バンクシーはこのベツレヘムの地にも数枚絵を描いている。どの絵もパレスチナの悲惨な現状を描くものである。バンクシーの絵は、バンクシーのもの(有名な芸術家の絵)だと分からないため、何枚かの絵は上書きされ、消されてしまってる。
バンクシーの絵を見る事が目的でこの地に来るものも少なくない。バンクシーは、芸術という力でパレスチナの現状を世界に発信し、分離壁を崩そうとしている。
バンクシーの絵は、ガソリンスタンドの裏など、観光客には見つける事ができない場所に描かれており、タクシーの運転手などは、このバンクシーの絵を巡るツアーを行っている。このようにして、パレスチナの人々に少しでも経済が回るようにと考えていたら、バンクシーは天才である。また、パレスチナの絵を描く時、イスラエル兵士に銃を向けられても、描くのをやめなかったという逸話がある。バンクシーの作品には命が吹き込まれている。
ハートを落とす天使。
“Girl and Soldier”
少女が兵士のボディチェックをしている。少女のポニーテール、ピンクのドレスは潔白を、対照的に兵士は侵略を象徴している。現在ピンクのドレスは色褪せている。
“Flower Thrower”
最も有名な作品の一つ。モノクロの少年がカラーの花束を投げる姿が描かれている。火炎瓶の代わりに描かれた花束が平和を象徴している。
| <ガソリンスタンドの裏の壁に描かれている。> |
次に分離壁やパレスチナ難民キャンプ周辺を紹介してもらう。
パレスチナを隔てる分離壁は、テロなどを防止するという理由からイスラエルによって設立された壁である。現代版ベルリンの壁である。イスラエル側としては正統防衛のつもりであるが、この壁はパレスチナの人々の生活を脅かすものである。イスラエルの人々は自由に行き来ができるが、パレスチナの人々は自由に行き来できない。イスラエルの兵士によって厳重なチェックがされる。紛争ともなれば、パレスチナの人々への物資の供給は断たれてしまう。
この壁はイスラエル側から見ればただのコンクリートの壁であるが、パレスチナ側では、芸術家や住民によって、様々なメッセージやアートが描かれている。パレスチナの現状を描くものや、平和を願うものばかりである。
パレスチナ女性闘士Leila Khaled。彼女はアラファト議長と並び、パレスチナの象徴である。
イスラエル兵士とパレスチナ人との闘いが描かれものものある。
この三枚はFaisalが撮った写真である。Faisalも壁については狂った壁だと言っていた。この光景を毎日見ている彼の気持ちを考えると心が痛む。
無機質な壁からは人間の悪臭が漂う。街中にはイスラエル側の監視塔もある。来る前にこの壁については調べていたが、現地に来てみると自分の目を疑う。これが現実に起こっているということが理解できない。
| <監視塔が建っている。> |
| <さっき見たクリスマスツリーであろうか。> |
最後にパレスチナ難民キャンプ周辺を案内してもらう。パレスチナ難民キャンプは小さい頃からニュース等でよく耳にしていた場所だ。違う世界のことだと思っていたが、今は自分の目の前にその世界がある。
パレスチナ難民キャンプの周辺には鍵のモニュメントや鍵を用いたアートが幾つもある。中東戦争時、多くのパレスチナ人は、すぐ自分の家に戻れると思い、いつものように鍵を持って戦火から逃れた。そのため、鍵はいつか自分の土地に必ず戻ってくるという希望の象徴となっている。この鍵は約束の鍵とも呼ばれている。
鍵のモニュメントの近くには、パレスチナの地に深く根づき、平和の象徴でもあるオリーブの木が分離壁を壊し、約束の鍵と共に、壁の向こう側と手を結ぶ絵が描かれている。この絵に描かれている手は、パレスチナ人同士の手であるかもしれないが、イスラエルとパレスチナの手が結ばれること切に願う。
最後にFaisalと握手を交わす。50シュケルと言っていたが、70シュケルを渡す。彼はとても優しく、自分と歳もそう違わない。生まれた環境によってここまで違うのかと、現実を突きつけられる。
パレスチナの人々はアラブ人であるが、モロッコやヨルダンの人のアラブ人とは全然違う。みんな優しい。いやどこか冷めた、都会の人間のような目をしている。
アラブ人のアグレッシブさはそこまで好きではないが、ここの人たちは、自分らしさも出せずにいるのかと思うと胸が苦しくなる。
ベツレヘムの地は観光地であり、自分のような観光客には平穏な姿しか目に映ってこない。人々も優しい。ニュースで聞くように、紛争が起きるような場所だとは思えない。しかし、そのもたらされた平穏さが気味悪く、訪れる事でしか分からないリアルな世界を体感する。
ここは人間の歴史と邪念が集まったような場所だ。ベツレヘムより先にあるヘブロン、また世界にはパレスチナよりひどい場所があると思うと切なくなる。
分離壁のゲートを出る途中、一人の子供が待ち受ける。子供はポストカードを販売している。ついつい手にとってしい、子供との交渉が始まってしまう。
モロッコやヨルダンでもこういう場面は会ったが、この子の場合はこの先の壁を越えることはできない。
20シュケルだったものを10シュケルで購入する。最後にはお金をせがまれる。自分は回転扉の向こうに出るが、子供は出て来れない。“JAPAN”と大声で叫ばれるが、言葉がでない。
無機質な壁をパスポートのチェックも無しに通り過ぎる。ここで監視しているイスラエル兵士の目は冷たい。国の政策だから仕方はない。この人たちも自分の国を守る責務があると思うが、どういう心境なのであろう。
壁の向こう側には、切ない現実がある。いつかこの地に平和の鐘が鳴り響く事を願う。
夜の嘆きの壁
アラブバス21番でエルサレムに戻り、夜の嘆きの壁に向かう。前述した通り、この壁はユダヤ教徒にとっての聖地である。
安息日が始まる金曜の夕刻はユダヤ教信者が集まり、集団でお祈りをする。
17時半頃向かうが、少し遅かったのか、お祈りを終えた超正統派とすれ違う。
嘆きの壁に着くと、噂通り沢山の人がいる。皆歌っている。ダビデの墓でも見たが、ユダヤ教徒は円を組み歌うのである。賛美歌とはまた違い、楽しそうに歌う。
安息日は写真撮影が禁止であるが、夕食を誘ってきた地元の人に聞くと、素早く上手いこと撮れとアドバイスをもらう。
少し離れたところからであれば、観光客は普通に撮影をしている。
さすがに嘆きの壁付近は撮影禁止かなと思っていた。
一番のネックはイスラエル兵士である。彼らもお祈りをしているが、自動小銃を持っている。最近、嘆きの壁で、アラブ人と見間違い、ユダヤ教徒をイスラエル兵士が射殺してしまったというニュースを見たので、なおさら注意が必要である。
兵士に写真撮影しても良いかと聞いてみる。
「写真撮っても良いですか?」「もちろん大丈夫だ!」
「安息日なのでは?」「全然大丈夫だ!」
兵士的に写真撮影は全然okなようである。
「安息日なのでは?」「全然大丈夫だ!」
兵士的に写真撮影は全然okなようである。
幾つか写真を撮る。ただ越正統派からは注意をされる。「インターネットで見れるから」と言われ、写真撮影を終える。
分離壁と嘆きの壁、エルサレムの地の現実を知れた旅行最終日であった。
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。